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2007年5月29日 (火)

2004.4.24 運命を制した夜 - 江橋よしのり

某誌の仕事で何回かご一緒させていただいたスポーツライター兼俳優の江橋よしのりさんが6月3日に行われる『日韓戦30,000人プロジェクト』に未発表の書き下ろしを寄稿されていました。
江橋さんのご好意により転載させていただきます。

みなさん、6月3日は、国立競技場でともに戦いましょう!
ボクもゴール裏で共に戦っていますから。

2004.4.24 運命を制した夜 - 江橋よしのり

 JR千駄ヶ谷駅のホームと改札口をつなぐ通路は、半地下の高さにある。

 その夜、ホームからの階段を降り改札口のほうを向くと、目の高さに広がる地上の景色は、人の足で埋め尽くされていた。
「女子の試合に、こんなに人が集まっている?」
 仰天した僕は、それでもまだ疑っていた。女子サッカーの観客だと決めつけていいはずがない、と。今日は体育館で別の競技があって、彼らはそっちの客なんじゃないのか、と。
 一体誰なんだ。何のためにここにいるんだ。騒ぐ胸を抑えながら歩を進めると、目に飛び込んできたのはブルーのユニフォームのかたまりだった。信じられない。世間からも、サッカーファンからさえも、見向きもされなかった彼女たちのために、これほどたくさんの人が動いたなんて! ある人は携帯を頬に当て、興奮気味に叫んでいた。
「早く来ねえと始まっちまうじゃないかよ! 絶対来いよ!」

 2004年4月24日。アテネ五輪女子サッカーアジア最終予選の準決勝。日本女子代表対北朝鮮女子代表。勝てば五輪。しかし負ければ、日本女子サッカー界はすべてを失うと言っても言い過ぎではない。
 数十分後の僕は、間違いなく史上最多となる数万人の観客の一員となり、一体となって叫ぶだろう。単なるスポーツ観戦なんかではない。彼女たちの人生を懸けた戦いを見届けるのだ。そのことを思うと待ちきれなくなって、階段を駆け上がり、広い地上へと飛び出した。

 しかし、対戦相手である北朝鮮は、過去にも日本の悲願をことごとく打ち砕いてきた真の強敵であり、グループリーグの戦いぶりからも、日本との実力差は明らかだった。日本選手たちの周到な準備とみなぎる気迫、サポーターの後押しをもってしても、その差を埋めるのは簡単ではないだろう。もしかしたら女子サッカーに関心が集まるのも、この日が最初で最後かもしれない。両国国歌独唱の間、そんな考えが頭をよぎった。ふと空を見上げると、メインスタンドの後方に、細い三日月が浮かんでいた。この月は、明日には闇に消されてしまうのか、それとも満月に向かってさらに光を浴びるのだろうか。君が代を聴きながら、僕は思いつく限りの祈りの言葉を、天に捧げた。

 午後7時20分、国立競技場にキックオフの笛が鳴り響く。すると開始わずか1分、澤穂希が強烈なショルダーチャージで相手を吹き飛ばした。後に多くの選手が「このプレーで勝負が決まった」と証言する一撃だった。戦力比較、過去の対戦成績など、そういう数字っぽいもの一切合切を、澤はたった1分で、たったワンプレーで無効にしてしまったのだ。
 そのタックルは、僕の胸にも鋭く突き刺さった。不安に気を取られ、傷つく前にあきらめ、思い通りにいかないことをいつも他人のせいにしてきたこの臆病者に、彼女はきっぱりと教えてくれたのだ。「言い訳してんじゃねえぞ!」と。

 それから試合終了までを、僕は記憶の中のぼやけた映像でしか覚えていない。拭っても拭っても、視界がにじんでしまって仕方なかったからだ。前半11分、荒川恵理子の先制ゴールが決まってからは、ほとんど直視すらできなかった。そんななか、酒井與惠が、磯崎浩美が、矢野喬子が、数ミリの勝負を制し、相手より先にルーズボールに食らいついていた。大丈夫だ。大丈夫だ。大丈夫だ。僕はタオルマフラーで口を被い、周囲に声が漏れないようにして泣き続けた。

「夢を見るのは自分。だったら、夢を叶えるために頑張らなくちゃいけないのも、自分。周りにどうにかしてもらうものじゃないんです」

 決戦の約1か月前、澤はそう語っていた。でも、夢は、願望や努力だけでは叶わない。僕たちも嫌というほど味わった現実だ。それなのに、なでしこの花は厳しい境遇を誰のせいにもせず、あるがままの心でピッチに咲いた。やがて笛が鳴り、彼女たちは「自分を信じることの大切さ」を、僕たちの目の前で証明してみせた。彼女たちは、強い願いと並外れた努力で、運命までも制してみせた。

 これほどの奇跡を目撃できるなんて。
 この世界は、なんて素晴らしいんだろう。
 そんな素晴らしい世界の中で、最も美しい風景は、すべてこの三日月の夜にあった。
 彼女たちは今も、その夜に見つけた世界を生きている。

江橋よしのり(フリーライター)


ボクも江橋さんも(と江橋さんは言ってたけど)女子サッカーではいつも赤字。
でも、彼女たちの熱い思いを一人でも多くの方に伝えたくて、ただそれだけで取材をしています。

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コメント

日韓戦いよいよですね。ともに戦いましょう!

投稿: 江橋よしのり | 2007年5月31日 (木) 01時00分

江橋さん、こんにちは!
キリンカップよりも日韓戦にドキドキしてます。
今回もエルゴラッソ紙でご一緒させていただきます。
よろしくお願いします。

投稿: きじむなあ | 2007年5月31日 (木) 13時42分

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