カテゴリー「趣味」の4件の記事

2009年10月 2日 (金)

静かに流行中・・・たぶん

Q1 現在ひそかに流行中
といってもウチだけでですが・・・
それらは、こんなかわいい袋に入っていました。

んっ「SENNENQ」?

Q2 中身はこんな感じ。
んっ、「moxa」?「TSUBO BOOK」?


そうです。
お灸。です。

Q3 「熱くない、はじめてのお灸」
限定発行のツボブックを参考に、せっせとみんなでお灸をしております。
ボクは腰痛・肩こりのツボ。
妻は肩こり・健康灸。
チビくんは集中力のツボ。

銀座のニコンプロサービスの近くに「せんねん灸」のショールームができてて、思わずお土産に(ホントは自分に)買ってきた。

Q4 お灸ってなんだかいいみたい。
温かくって心地いい(もっと強い上級者用もあるけど、それは怖い)。

今日はウチのスタッフの子が腰が痛いというので、2箱分けてあげました。
ボクがしてあげることはできませんから、残念ながら。

でも、問題が一つ。
「お灸を据える」という言葉はこれからウチの子供たちには通用しないかもね。
先輩とかが「お前らお灸を据えるぞ!」なんて言ったら「してして!」みたいな。

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2007年6月16日 (土)

別れの煙

別れの煙

別て旅行きば 嬉さ寂しさん
思じゃしよ産子小 島ぬ事ん
ちゃー忘んなよ

糸ぬ上ゆ走る 船に立つ煙
山ぬ端に向かてぃ 我親目当てぃ
ちゃー かりゆしど

山ぬ端に立ちゅる 照らし火ぬ煙
嘉例吉ぬ船に 産子目当てぃ
ちゃーかりゆしど

別り路ぬ手巾 胸内に招ち
互に思み切らさ 見ゆる間や
ちゃー名残りさよ

親子振別りぬ 照らし火ぬ名残り
面影どぅましゅる 名護ぬ城
ちゃー名残りさよ

初期のネーネーズのプロデュースで知られ、『現代沖縄民謡の唄者(うたしゃ)第一人者、知名定男』のお父さんである『故・知名定繁』が作った『別れの煙』。今日までいろいろな人に歌われています。

戦前は移民として南洋へ、その後も生活のために沖縄から本土へ沢山の人々が海を渡りました。
那覇港から出航する際、近くなら見送りも出来ますが、山原(やんばる=本島北部)の人たちは見送りが出来ない。
そんな時、船が沖を通るであろう頃合いを見計らって、高台で火を焚き、その煙に航海安全の気持ちを乗せて見送った情景を歌っています。

Ieこの歌を聴くと、初めて伊江島に出向いて妻の両親に結婚の許しを乞い、二人で島を出る日、丘の上でいつまでもいつまでも、船が見えなくなるまで白いハンカチを振ってくれていた両親を思い出します。
そんな両親も義父は5年ほど前に他界し、義母が一人で暮らしています。帰ってあげたい気持ちだけ強くって、なかなか帰れない甲斐性なし、情けないです。ごめんなさい。

別れ旅立つのなら うれしいときも寂しいときも
思い出しておくれ我が子よ 島のことを
絶対に忘れないでおくれ

水平線を航海していく 船に立ち上る煙
山の端に向かって 両親に見えるだろうか
どうかお元気で

山の端に立ち上る 照らし火の煙
かりゆしの船の 我が子に見えるように
幸せに、元気でな

別れる時に振ったハンカチを 胸にしまって
お互い名残惜しさを断ち切らなくては
でも、見えている間は・・・

親子の別れを惜しむ照らし火
面影がますますよみがえる 名護の城
ああ本当に名残惜しい

大城美佐子の10年ぶりの新しいアルバム『唄ウムイ』にも収録されています。
ぜひ聞いてください。

Photo_8 本土に向かう飛行機に乗るとかなりの確率で伊江島を見ることが出来ます。画像手前側(西側)の大部分は米軍『Ie Range』、その上のラインは補助飛行場とほとんど使われていない『伊江空港』。

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2007年6月14日 (木)

白雲節(しらくむぶし)

白雲ぬ如に 見ゆるあぬ島に
飛び渡てぃ見欲さ 羽ぬ有とてぃ 

飛び鳥ぬ如に 自由に飛ばりてれ
毎夜行ぢぃ行逢てぃ 語れすしが

吾が思むる無蔵や 白雲ぬ如に
見ゆるあぬ島ぬ なひんあがた 

我がや思み尽くす だきに思ゆしが
渡海ゆ隔みりば 自由ねならん 

たとい渡海隔み 離りいや居てぃん
白雲ん乗して 想い知らさ 

一人淋々とぅ 眺む白雲ん
無蔵姿なとてぃ 忘りかねてぃ

Photo_5 これは『故・嘉手苅林昌』の十八番(おはこ)、『白雲節』です。
現在は『女嘉手苅』と言われているボクが大好きな『大城美佐子先生』らによって歌い継がれています。
レベルは低いですが、ボクもよく弾く曲の一つです。

白雲のように見える あの島に
今すぐ飛んでいきたい 羽があるならば

空を飛ぶ鳥のように 自由に飛べるなら
夜ごとあなたに会いに行って 語り合いたい

私が思いを寄せる あなたがいるのは 
白雲のように見えるあの島より もっともっと遠いところ・・・

と恋心を切々と唄っています。
男性が唄うときは上の歌詞のままですが、女性が歌う場合は『無蔵(んぞ)=男が彼女を言い表す言葉』を『里(さとぅ)=女性が思いを寄せる男性を言い表す言葉』に変えて歌います。

Photo_6 『美ら弾き』といわれる嘉手苅林昌の三線と飄々とした歌もいいですが、大城美佐子の情を込めた独特の歌い方がボクは好きです。機会があれば、せひ聞き比べてみてください。

あぁ、沖縄に行きたくなってきた。

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2007年5月23日 (水)

工工四

Photo 三線の楽譜です。
『工工四(くんくんし)』といいます。
三線が中国から琉球に渡ってきたのが1390年頃、しばらくの間は楽譜というものが存在せず、師弟の間で口から耳、耳から口へ歌い継がれていたそうです。
『工六四(くるるんし)』や『工工四』が作られたのは400年近くたった一八世紀半ばといわれています。

三線はギター類と違ってフレット板が無いので、押さえるところは『勘所(かんどころ)』といわれています。
工工四にはその勘所が記号のように羅列されています。

弦(チル)は太い糸から『男弦(ウーヂル)』『中弦(ナカヂル)』『女弦(ミーヂル)』といい、男弦の開放が『合』、中弦が『四』、女弦が『工』。
あとは面倒くさいので省略。

調弦(チンダミ)=チューニングは数種類あって、よく使われるのは『本調子(合=ド、四=ファ、工=ド)』、と『一二揚げ(合=レ、四=ソ、工=ド)』かな。

チンダミさえ合わせてあれば、あとは適当に音を拾っていけば弾けるでしょう。なんといっても『勘所』ですもの。

とは言っても、知らない曲を工工四だけを頼りに弾くのは至難の業です。リズムがよくわからなかったりして・・・。

「知らない(歌えない)唄は弾くな」ということかもしれません。
沖縄の民謡は「まずありき」。あくまで唄が主で、三線は従。「一度唄いだしたら三線は止めても、唄は止めるな」と言われるくらいですから。

Photo_2

こんな感じで「記号」が羅列されています。この中に歌い出しや歌い終わり、繰り返しや強弱、技法などが全て書いてあるのですよ。

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