カテゴリー「沖縄」の21件の記事

2010年7月31日 (土)

PENデジでゴーヤー日記

昔、沖縄から持ってきたゴーヤの種を植えてみた。
花がたくさん咲いた。

今年の夏は暑すぎるのか、いつもは庭でブンブン飛んでいるハチが少ないみたい。
ハチくん頼みの受粉があまり進まなかったようで、実をつけたのは3つ。

P7201576 7月20日 OLYMPUS E-PL1 M.ZUIKO DIGITAL14-42mm 1:3.5-5.6 アートフィルター/ポップアート 以下同様
チョコンとかわいい赤ちゃんゴーヤ。
でも、見る見る間にドンドン大きくなっていく。

P7231649 7月23日
沖縄生まれ、いわき育ちの「アバシーゴーヤ」。
そこらで売っているゴーヤとは太さが違います。
週明けには食べられそう。

P7261737 7月26日
そうそう、今年は蝉の鳴き声を全然聴きません。
ジーとも、ミンとも、シャンとも、カナとも・・・。
どうしちゃったのでしょうか?
P7201580 島唐辛子も作っております。自家製コーレーグースを作るにはちょっと少ないかも?

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2009年9月19日 (土)

おばあからの荷物

沖縄のおばあから「沖縄そば」「ソーキ」「三枚肉」「シークワサー」「タコライス」「島バナナ」「ポーク缶」などなどが届きました。
本当は「マンゴー」を送るつもりだったらしいのですが、手頃なものがなかったそうで残念。

生そばは、その製麺所の場所がそのまま銘柄になっていることが多いのですが、僕たちが好きだったのは「山原そば」。
「だった」というのは数年前、その製麺所はそばの製造を止めてしまったから。

_dsc0514 今回送られてきたのは2種類の銘柄。
その中の一つがなんと「山原そば」。
でも、見るからに以前の山原そばとは全然違いました。太めの平麺はほとんどきしめんのよう(画像は山原そばではない方)。
製麺所を確認したら沖縄では大手の製パン屋さん。どうやら名前だけを引き継いだのですね。どうせなら味や形も引き継いで欲しかったなあ。

2種類の麺とも、かみしめても味がありませんでした。
昔の麺は噛めば噛むほど「そばの味」がしたものですが・・・。

うちの妻は、三枚肉を煮てラフティをつくろうとして、ナベを火にかけたまま、庭仕事をして・・・「チャーシュー(もどき)」を作ってしまいました(泣)。

_dsc0504 画像の「久米島の久米仙」は、僕が作っておいた「コーレーグース」。
寝かしすぎて「コーレーグースの古酒」になっていました。
高く売れそう(笑)。

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2009年7月16日 (木)

A家食堂

P7100173 去年、ずーっと昔の(忘れかけていた)知り合いが沖縄料理屋を開店させたのを地元のメディアやフリーペーパーで知って、行こう行こうと思っていながら、なかなか行けなかった。

すべての写真はOLYMPUS PEN E-P1にて撮影。アスペクト比6×6。アートフィルター・トイフォト。近頃はいつもこれ一台。ちっちゃくってかわいいし、かなり気に入ってます。

P7100177 彼女は昔、確かツアーコンダクターをやっていて、沖縄にはまっちゃったんだったよな。
ボクも沖縄を熱く語ったような記憶もかすかに・・・でも、遙か以前過ぎてほとんど覚えていないけど。
確実なのは、その後彼女は旅行代理店を退職し、単身沖縄に行き、那覇の某有名老舗沖縄料理店で働き始めたっていうのを、彼女の両親から聞いていたこと。

そんなことをいろいろと考えながら、訪ねた彼女の店の名は「A家食堂(えいやしょくどう)」。

P7100178 通りの看板のイラストとロゴがとってもかわいい。
うわっ!壁面には「Aサイン(知ってる?)」まであるし(笑)。
赤塗りのドアとステンドガラスもおしゃれ。
などと思いながら、店内に入ると座敷とカウンターが。

P7100174 海外育ちのボクは(大嘘!)、座るのが苦手なのでどこに行ってもカウンター。
そこに座った瞬間、調理場の中から「久しぶりです!」って元気いっぱいの笑み。
覚えててくれたみたいでビックリ。

P7100185 忙しい中、ちょっとだけ思い出話。
彼女が沖縄に行く前にぼくが「りんけんバンド」のテープをダビングしてあげた(らしい・忘れてました)のが、なんと18年も前(らしい)。
彼女は二十歳だったそうです。

彼女は今、二人の子をもつシングルマザー。
18年っていう歳月にはいろんな事がありましたよね(お互いに)。
でも元気いっぱいで、夢を一つずつ現実にしている素晴らしい女性です。
大変だろうだけど、子育ても仕事も頑張ってね!。
ボクも疲れたときには、また「あーや」に元気をもらいに行きます。よろしくです。

P7100186 昼のメニューは
沖縄そば各種 600円より
ぬちぐすい(日替わり)定食 980円
沖縄焼きそば 
タコライス などなど
夜はもっといろいろ食べられますし飲めます(笑)。

これでいわき市内にも沖縄料理が食べられるところが3店。
昔からお世話になっている、沖縄県人御用達「ママちゃんめんそーれ(平・2町目)」、まだ行ったことのない「やいま(平・白銀町)」。
でも、昼間開いているのは「A家食堂」だけなので、湯本(ハワイアンズがあるところ)方面にいらっしゃる方はぜひ!。

ボク的には3店のうち一カ所でも、「民謡酒場」化してくれればなぁ。夜に月一でもいいから・・・。

DATA
沖縄そば・料理の店「A家食堂(えいやしょくどう)
いわき市常磐湯本町天王崎38(JRいわき湯本駅前)」
0246-84-7420

営業時間・11:00〜15:00
            ・18:00〜24:00(夜は木・金・土のみ)
定休日・水曜日、第3日曜日

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2007年9月20日 (木)

明日から

あのー、先週ぐらいから一日のアクセス数が急に増えているんですが、何かありました?まあ、アクセスしていただくのはとってもうれしいのですが、ちょっと気になって・・・。

明日から、沖縄です。
NU151便 08:45福島ー11:35那覇 だから島に着くのは夕方近くかな?
ちょっと風邪気味だけど、島に行けば治るはず。

できる限り更新します!

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2007年9月 4日 (火)

バースデー割引が・・・

9月はボクの誕生月。

今年は家族で下旬の連休(21〜25日)に沖縄に里帰り
本当は、ちょっと家計が厳しくて躊躇したんだけれど、「おじいの法事があるから必ず帰ってきなさい」と言われて。

でも幸いなことにボクの誕生日の数日前ということで、「バースデー割引使って・・・」と思ったら、あれ?ない、バースデー割引

調べたら4月で廃止になったって・・・。知らなかったぁ。
しょうがないから早得割引を使ったけど、それでも福島〜那覇のその差一人片道8,300円(早得23,300円、バースデーだと15,000円だったはず)。
つまり往復16,600円、家族4人だから・・・うわっ、66,400円!!痛いなぁ・・・。

普通、子供が学校に行っていると、帰れるのって夏休みや冬・春休みしかないのに、その期間て、早割すらなくなっちゃうんだよね(福島〜那覇便。羽田からだと時間帯によってはあるのに)

儲けられるときに儲けるのはわかるけど、なんとかならないのかなぁ。

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2007年6月16日 (土)

別れの煙

別れの煙

別て旅行きば 嬉さ寂しさん
思じゃしよ産子小 島ぬ事ん
ちゃー忘んなよ

糸ぬ上ゆ走る 船に立つ煙
山ぬ端に向かてぃ 我親目当てぃ
ちゃー かりゆしど

山ぬ端に立ちゅる 照らし火ぬ煙
嘉例吉ぬ船に 産子目当てぃ
ちゃーかりゆしど

別り路ぬ手巾 胸内に招ち
互に思み切らさ 見ゆる間や
ちゃー名残りさよ

親子振別りぬ 照らし火ぬ名残り
面影どぅましゅる 名護ぬ城
ちゃー名残りさよ

初期のネーネーズのプロデュースで知られ、『現代沖縄民謡の唄者(うたしゃ)第一人者、知名定男』のお父さんである『故・知名定繁』が作った『別れの煙』。今日までいろいろな人に歌われています。

戦前は移民として南洋へ、その後も生活のために沖縄から本土へ沢山の人々が海を渡りました。
那覇港から出航する際、近くなら見送りも出来ますが、山原(やんばる=本島北部)の人たちは見送りが出来ない。
そんな時、船が沖を通るであろう頃合いを見計らって、高台で火を焚き、その煙に航海安全の気持ちを乗せて見送った情景を歌っています。

Ieこの歌を聴くと、初めて伊江島に出向いて妻の両親に結婚の許しを乞い、二人で島を出る日、丘の上でいつまでもいつまでも、船が見えなくなるまで白いハンカチを振ってくれていた両親を思い出します。
そんな両親も義父は5年ほど前に他界し、義母が一人で暮らしています。帰ってあげたい気持ちだけ強くって、なかなか帰れない甲斐性なし、情けないです。ごめんなさい。

別れ旅立つのなら うれしいときも寂しいときも
思い出しておくれ我が子よ 島のことを
絶対に忘れないでおくれ

水平線を航海していく 船に立ち上る煙
山の端に向かって 両親に見えるだろうか
どうかお元気で

山の端に立ち上る 照らし火の煙
かりゆしの船の 我が子に見えるように
幸せに、元気でな

別れる時に振ったハンカチを 胸にしまって
お互い名残惜しさを断ち切らなくては
でも、見えている間は・・・

親子の別れを惜しむ照らし火
面影がますますよみがえる 名護の城
ああ本当に名残惜しい

大城美佐子の10年ぶりの新しいアルバム『唄ウムイ』にも収録されています。
ぜひ聞いてください。

Photo_8 本土に向かう飛行機に乗るとかなりの確率で伊江島を見ることが出来ます。画像手前側(西側)の大部分は米軍『Ie Range』、その上のラインは補助飛行場とほとんど使われていない『伊江空港』。

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2007年6月14日 (木)

白雲節(しらくむぶし)

白雲ぬ如に 見ゆるあぬ島に
飛び渡てぃ見欲さ 羽ぬ有とてぃ 

飛び鳥ぬ如に 自由に飛ばりてれ
毎夜行ぢぃ行逢てぃ 語れすしが

吾が思むる無蔵や 白雲ぬ如に
見ゆるあぬ島ぬ なひんあがた 

我がや思み尽くす だきに思ゆしが
渡海ゆ隔みりば 自由ねならん 

たとい渡海隔み 離りいや居てぃん
白雲ん乗して 想い知らさ 

一人淋々とぅ 眺む白雲ん
無蔵姿なとてぃ 忘りかねてぃ

Photo_5 これは『故・嘉手苅林昌』の十八番(おはこ)、『白雲節』です。
現在は『女嘉手苅』と言われているボクが大好きな『大城美佐子先生』らによって歌い継がれています。
レベルは低いですが、ボクもよく弾く曲の一つです。

白雲のように見える あの島に
今すぐ飛んでいきたい 羽があるならば

空を飛ぶ鳥のように 自由に飛べるなら
夜ごとあなたに会いに行って 語り合いたい

私が思いを寄せる あなたがいるのは 
白雲のように見えるあの島より もっともっと遠いところ・・・

と恋心を切々と唄っています。
男性が唄うときは上の歌詞のままですが、女性が歌う場合は『無蔵(んぞ)=男が彼女を言い表す言葉』を『里(さとぅ)=女性が思いを寄せる男性を言い表す言葉』に変えて歌います。

Photo_6 『美ら弾き』といわれる嘉手苅林昌の三線と飄々とした歌もいいですが、大城美佐子の情を込めた独特の歌い方がボクは好きです。機会があれば、せひ聞き比べてみてください。

あぁ、沖縄に行きたくなってきた。

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2007年5月23日 (水)

工工四

Photo 三線の楽譜です。
『工工四(くんくんし)』といいます。
三線が中国から琉球に渡ってきたのが1390年頃、しばらくの間は楽譜というものが存在せず、師弟の間で口から耳、耳から口へ歌い継がれていたそうです。
『工六四(くるるんし)』や『工工四』が作られたのは400年近くたった一八世紀半ばといわれています。

三線はギター類と違ってフレット板が無いので、押さえるところは『勘所(かんどころ)』といわれています。
工工四にはその勘所が記号のように羅列されています。

弦(チル)は太い糸から『男弦(ウーヂル)』『中弦(ナカヂル)』『女弦(ミーヂル)』といい、男弦の開放が『合』、中弦が『四』、女弦が『工』。
あとは面倒くさいので省略。

調弦(チンダミ)=チューニングは数種類あって、よく使われるのは『本調子(合=ド、四=ファ、工=ド)』、と『一二揚げ(合=レ、四=ソ、工=ド)』かな。

チンダミさえ合わせてあれば、あとは適当に音を拾っていけば弾けるでしょう。なんといっても『勘所』ですもの。

とは言っても、知らない曲を工工四だけを頼りに弾くのは至難の業です。リズムがよくわからなかったりして・・・。

「知らない(歌えない)唄は弾くな」ということかもしれません。
沖縄の民謡は「まずありき」。あくまで唄が主で、三線は従。「一度唄いだしたら三線は止めても、唄は止めるな」と言われるくらいですから。

Photo_2

こんな感じで「記号」が羅列されています。この中に歌い出しや歌い終わり、繰り返しや強弱、技法などが全て書いてあるのですよ。

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2007年5月22日 (火)

三線

最近、暇があると『三線』ばかり弾いています。
撮影の時も車に積んで出かけます。
スタジアムの駐車場でも、実家がテナントで入っているビルの屋上でも弾いています。
端から見たら、怪しい人かもしれません。
Sanshin_1
写真はコンパクトデジカメのマクロモードで撮りました。
スゴイよね、最近のコンデジ。

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2007年5月 9日 (水)

生きてました!その2

生きていたついでにもう一つ。
ずーっと以前に削除したはずのホームページがなぜか生きていました。

Apple(Mac)にはフォトグラファー用ソフト『Aperture 1.5』というものがあるのですが、その中の「瞬時にWeb上に作品を公開できる『Webギャラリー』」という機能を試した際に気がつきました。
前に自分でアクセスした際には消えていたので、理由はよく分かりません。

内容は2シーズン前、つまりマリーゼ(Mareeze)が誕生した当時のプレーヤーの紹介ものです。
これも何かの偶然ですから、ちょっとの間だけですが閲覧できるようにしておきますね。

各選手や試合の思い出、エピソードなどがあればぜひコメントください!
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